2011/04/17 日曜礼拝説教要旨(齊藤教会長)
聖歌隊による賛美歌「故郷の春」 | 1分06秒 | |||
聖歌隊による賛美歌「花」 | 2分35秒 |
※ 以下、一般向けに要旨を伝えるため、表現の一部を訂正しています。
★「限りある命を燃やして」
先日、竹ノ塚教会のメンバーが真の御父母様のところへ訪ね、作った歌を捧げて真の御父母様の心を慰労しました。
日本は被災してこんなに悲惨な状況の中にありますが、それでも父母を慰めていきたいという心情を受け取ってくださいました。
今はまさに被災地のひとつである岩手教区の食口が、御父母様を訪ねて行っています。
← 盛岡付近の食料品量販店にて、東日本大震災直後の様子。
〔札幌家庭教会ブログより〕
親孝行とはなんでしょうか。子供の事情を全部言えばいいのでしょうか?
言わなくても、親は分かっています。子供以上の痛みを感じている親です。
親を喜ばせてあげたい、親孝行をしてあげたい、家一軒を建ててあげたい、花一輪をあげたいけれど、それがかなわなければ、何も持っていかなくても、その心情を親は受け取ってくれるのです。
竹ノ塚教会の食口も歌を捧げましたが、たとえ何も持っていかなかったとしても、真のご父母様は、その心情を受け取ってくれるのです。
2012年まで、ある命全てを燃やして、全てを成し遂げていきましょう。
2012年までに210代の先祖解怨をしていかなければなりません。
私達がそれを信じることができるかが問題です。信じれば成し遂げられます。
私たちの先祖210代を解怨していくと、ほとんどの霊界の人たちが解怨されることになります。
今、日本生産の農作物は外国では受け入れられなくなっています。
原発の被災地域から、他の地域に行った子供が、いじめられるような事まで起きています。
親は子供がたとえ放射線まみれになったとしても、その子供を抱きしめて泣くのが親です。
このような日本を思って泣くのが神様であり、真の御父母様です。
そういう親がいるということを、私たちは人々に知らせなければなりません。
自叙伝を通して知らせなければならないのです。悲しみを受ければ受けるほど強くなります。
悪い事は良い事なのです。
いろんなことが起きた時は成長する時です。
悪い事が起きた時、悲しむことはありません。
「善とは悲しみのトンネルを越えていくことです。」と、真のご父母様は言われました。
「希望と喜び」とは、祝福を受ける事だけではなく、悲しみを乗り越えて、初めて天国があるのです。
このように日本人に対して言われました。
夫は妻の悲しみを知り慰労してあげ、妻は夫の悲しみを知って慰労してあげないといけません。
親子も同様です。
相手が何か悪い言葉を発したとしても、言葉そのものをそのごとく捉えるのではなく、何か意味があって話している言葉として受け止める必要があります。
日本全体が悲しみの中にある今こそ、そのようなことが重要です。
創造原理には、「原理結果主管権は、結果が無ければ人間に対して神様は主管、干渉はできない」という箇所があります。主管するという事は守ること。
アベルの位置に立つものは、自分がよりアベルにつながることで、神様に主管され、自分のカインの立場にある人も一緒に神様に主管されることができます。
「日本が大事だと言うのになぜこのような災害が起きるのですか? 神様!」
と言いたいような状況だけれど、悪い事は良いことなんだと、心情転換するのです。
今は非難しあっている時間がありません。助け合っていかないといけない時、苦しんでいる人を助けてあげなければいけない時ですが、自分の力では出来ない。神様の力を借りなければ出来ないのです。
親の存在をを知らせ、この世の中に教えてあげて、親が今この日本にどういう心情を持っているのか親の心情を知ったら子供は変わるのです。
子供は親の気持ちを誤解して聞いている場合があります。
子供は何かよくない事があれば、親を批判します。
酔い潰れた聖アウグスチヌスの頬に母モニカの熱い涙が落ちて、聖アウグスチヌスが目を覚まします。
目をつむったままで、母の涙の祈りを聞くのですが、それを聞いて彼はこれ以上母親を苦しめてはいけないと思って、そこから彼は完全に変わっていくのです。
その親子の愛情を感ずることなく、マルクスやレーニンは育って来ました。愛を感じる家庭ではなかったのです。
私達は、神様を知っているのに、家庭が破壊されてはなりません。恨みや不平不満を言ったら滅んでいきます。
マルクスやレーニンは家庭に恨みがありました。親子関係がうまくいきませんでした。
み言を聞いた私達が親とするなら、一般の人は子供と考えてみてください。
子供に親の気持ちを伝えていくには、自叙伝しかありません。
自分の力ではできないのです。神様と一つとなった時に初めてできることです。
真のご父母様の気持ちを伝えていかなければなりません。それには自叙伝です。
これが親の深い心情の世界です。
お父様が地震の被害を受けた日本に対して、どんなに悲しくどんなに苦しい思いになっているか、そのお父様を慰めるために、竹ノ塚教会や岩手教区の食口がお父様のところへ行きました。
私たちはここにいたとしても、同じお父様を慰める心情で過ごしそして親の心情をのべ伝えていくために自叙伝を配布していきましょう。
竹ノ塚教会:東京都足立区にある、家庭連合の地方教会です。作曲作詞した時の精誠が伝わり、行くまでの精誠、お慰めしたいという心情を受け取って下さったお父様でした。
日本は被災してこんなに悲惨な状況の中にありますが、それでも父母を慰めていきたいという心情を受け取ってくださいました。
今はまさに被災地のひとつである岩手教区の食口が、御父母様を訪ねて行っています。
← 盛岡付近の食料品量販店にて、東日本大震災直後の様子。
〔札幌家庭教会ブログより〕
食口(しっく): 韓国語から来ている言葉で、韓国では、他人同士で家族同然のように親しい仲間を「食口」といい、 韓国においては一般的な言葉です。 「家庭連合メンバーは、家族のようになって欲しい」という創始者の願いから、この言葉が多用されます。 韓国語を学ぶと必ず出てくる言葉ですが、ここでは、『同じ信仰で歩む教会員』を意味します。
親孝行とはなんでしょうか。子供の事情を全部言えばいいのでしょうか?
言わなくても、親は分かっています。子供以上の痛みを感じている親です。
親を喜ばせてあげたい、親孝行をしてあげたい、家一軒を建ててあげたい、花一輪をあげたいけれど、それがかなわなければ、何も持っていかなくても、その心情を親は受け取ってくれるのです。
竹ノ塚教会の食口も歌を捧げましたが、たとえ何も持っていかなかったとしても、真のご父母様は、その心情を受け取ってくれるのです。
2012年まで、ある命全てを燃やして、全てを成し遂げていきましょう。
2012年までに210代の先祖解怨をしていかなければなりません。
私達がそれを信じることができるかが問題です。信じれば成し遂げられます。
私たちの先祖210代を解怨していくと、ほとんどの霊界の人たちが解怨されることになります。
今、日本生産の農作物は外国では受け入れられなくなっています。
原発の被災地域から、他の地域に行った子供が、いじめられるような事まで起きています。
親は子供がたとえ放射線まみれになったとしても、その子供を抱きしめて泣くのが親です。
このような日本を思って泣くのが神様であり、真の御父母様です。
そういう親がいるということを、私たちは人々に知らせなければなりません。
自叙伝を通して知らせなければならないのです。悲しみを受ければ受けるほど強くなります。
悪い事は良い事なのです。
いろんなことが起きた時は成長する時です。
悪い事が起きた時、悲しむことはありません。
「善とは悲しみのトンネルを越えていくことです。」と、真のご父母様は言われました。
「希望と喜び」とは、祝福を受ける事だけではなく、悲しみを乗り越えて、初めて天国があるのです。
このように日本人に対して言われました。
夫は妻の悲しみを知り慰労してあげ、妻は夫の悲しみを知って慰労してあげないといけません。
親子も同様です。
相手が何か悪い言葉を発したとしても、言葉そのものをそのごとく捉えるのではなく、何か意味があって話している言葉として受け止める必要があります。
日本全体が悲しみの中にある今こそ、そのようなことが重要です。
創造原理には、「原理結果主管権は、結果が無ければ人間に対して神様は主管、干渉はできない」という箇所があります。主管するという事は守ること。
アベルの位置に立つものは、自分がよりアベルにつながることで、神様に主管され、自分のカインの立場にある人も一緒に神様に主管されることができます。
アベル・カイン: 聖書によると、アベルもカインもアダム・エバ(イブ)から生まれた息子であり、カインは兄、アベルは弟 ですが、「アベルはカインに殺された」とされています。 家庭連合の教義ではこのことは、アベルが神様の前でより謙虚になり、カインは、アベルを神様との仲介役 に立てることが出来れば、この悲劇は起きなかったとしています。 このことから、現在の家庭連合では、組織・グループの長や代表者をアベル、構成員をカイン、と慣用的に 使います。親子の関係は切っても切れない。理解すると言う事は経験してみないとわかりません。
「日本が大事だと言うのになぜこのような災害が起きるのですか? 神様!」
と言いたいような状況だけれど、悪い事は良いことなんだと、心情転換するのです。
今は非難しあっている時間がありません。助け合っていかないといけない時、苦しんでいる人を助けてあげなければいけない時ですが、自分の力では出来ない。神様の力を借りなければ出来ないのです。
親の存在をを知らせ、この世の中に教えてあげて、親が今この日本にどういう心情を持っているのか親の心情を知ったら子供は変わるのです。
子供は親の気持ちを誤解して聞いている場合があります。
子供は何かよくない事があれば、親を批判します。
酔い潰れた聖アウグスチヌスの頬に母モニカの熱い涙が落ちて、聖アウグスチヌスが目を覚まします。
目をつむったままで、母の涙の祈りを聞くのですが、それを聞いて彼はこれ以上母親を苦しめてはいけないと思って、そこから彼は完全に変わっていくのです。
その親子の愛情を感ずることなく、マルクスやレーニンは育って来ました。愛を感じる家庭ではなかったのです。
私達は、神様を知っているのに、家庭が破壊されてはなりません。恨みや不平不満を言ったら滅んでいきます。
マルクスやレーニンは家庭に恨みがありました。親子関係がうまくいきませんでした。
み言を聞いた私達が親とするなら、一般の人は子供と考えてみてください。
子供に親の気持ちを伝えていくには、自叙伝しかありません。
自分の力ではできないのです。神様と一つとなった時に初めてできることです。
真のご父母様の気持ちを伝えていかなければなりません。それには自叙伝です。
-- 天聖経 p.2230 --
人間始祖の堕落によって引き裂かれた善と悪の闘争歴史の背後で、サタンは今、何をねらっているのでし ょうか。 神様をはっきりとねらっています。永遠、不変、絶対、唯一であられる神様が、天地創造時に理想とされ た基準も永遠、不変、絶対、唯一でなければなりません。 サタンは、そのような神様の絶対的なみ旨を破壊しようとするのです。 神様にお尋ねしてみれば、神様は、その事実を認められることでしょう。 サタンが神様に、「神様!最初に私を天使長として立てられた時、一時的な愛で立てられましたか」と 質問するならば、神様はどのように答えられるでしょうか。それを考えてみなければなりません。 神様は、永遠に愛するために立てられたと語られることでしょう。一時的な愛で立てたとするならば、 一時的な神様となります。 永遠に愛すると言う基準をもたなければ、いつかは、サタンの前に神様の権限を行使する事ができなくな るのです。 ゆえに神様は、サタンがどんなに反対しても、彼を愛したという条件を立てざるを得ないのです。 それで、神様は悪に対しては「無抵抗主義者」なのです。それはどうしてでしょうか。 神様は、この地球上に天国理想の世界を成就する時まで、どのような環境の中でも、堕落してサタンと なった天使長を愛さなければなりません。親は子供に、あっちへ行ってたら必ず不幸になるから、行ってはいけないと言っても子供が言う事を聞かずに行って不幸になった場合でも、その道に行ったのは親である私の責任だ・・と思うもの。このように、泣いて胸を打つのが神様です。
これが親の深い心情の世界です。
お父様が地震の被害を受けた日本に対して、どんなに悲しくどんなに苦しい思いになっているか、そのお父様を慰めるために、竹ノ塚教会や岩手教区の食口がお父様のところへ行きました。
私たちはここにいたとしても、同じお父様を慰める心情で過ごしそして親の心情をのべ伝えていくために自叙伝を配布していきましょう。